この子は社会に守られているんだからな!

投稿者: | 2025年3月24日

「この子は、社会から守られているんだらな!」

これは、私の母親が、私が生まれ間もない頃に、実母(私からすれば祖母)からいわれた言葉らしいです(昭和の話)。当時は、なんで、そんな事言うの?、と返事をしたらしいですが、その後のやりとりは聞いていません。私がこの話を聞いたのは、大人になってからです。母親として、プライドもあったのかもしれません。私の母親は、今で言う保育士(当時は保母という)をしていた人です。でも途中で、私の希望で保育士を辞めています。

既に地元では、責任ある役職にもついていたキャリアを持っていました。私は、生まれてまもない頃から、日中は叔母の家に預けられ、叔母の家から最終的には幼稚園に通っていました。朝になると、叔母が私を、自宅に迎えにきて、夕方は仕事帰りの母親が迎えにくることもあれば、叔母か送り届けてくれる事もありました。

自宅のある地域と叔母の自宅がある場は、地域的に別なところなので、遊ぶ友達も平日と週末は違うという二重生活を送ります。今のように、十分に預かり施設もない時代。鍵っ子とか、子どもが留守番する時代でした。物心ついた頃から、やっぱり当時の小さい野崎ちゃんは、なんだか嫌だったんですね。

だから、母親にお仕事辞めてと、言うことになります。でも、母からは、いろいろと説得されます。例えば、お仕事やめると、お出かけできなくなるよ、欲しい物を買ってあげられないよ、とか、いろいろと説得工作されました。でも、小さな野崎ちゃんは嫌だ、と突き通すわけです。

結果は、どうなっかというと、私が就学すると同時に、保育士を退職します。小さい野崎ちゃんは、家に帰るとお母さんがいるという、実質初めての経験をはじめることになります。いま、考えると、あり得ない決断だと思います。退職後、いろいろな所から、現場の評判を聞いて、新たにリクルート話もあったり、市役所になんで辞めさせたんだと文句を言う方もいたとか、その都度、断ったりしていたようです。その後、リクルート話は続き、保育士養成の学校からもリクルートもありました。この頃になると、退職の原因を作った、小さな野崎ちゃんは、直接関係ありません。私は、高校卒業後、実家を出ていきますが、野崎母はその後、いろいろと地域で何かと声かけられて、保育所、学校、地域社会と活動するフィールドはむしろ広がっていくのを見ていました。

さて、私は香川に来て、地元埼玉にいた年月を超える時間が経ちました。年老いた母親からは、一生懸命に勉強をして、香川に行って、香川を良くするのもいいけど・・・と言われる月日が流れました。そのように見えるんでしょうね。

子どもは、本当に社会から守られているんです。